2025年07月21日

事実

事実.jpg
3d Rendering Stock photos by Vecteezy


事実は絶対で普遍
でもその捉え方は相対的

時間的にも
空間的にも
現象的にも

起こった事実は只一つだけど
捉え方は人の立ち位置によって異なる


正か否かで言えば

100年前には正
100年後には否

国にとっては正
地球にとっては否

人が感じる事ができる部分では正
人が感じる事ができない部分を含めると否

そんな事はよくある事


生まれた時代により
生まれた場所により
生まれた環境により

事実を受け止める心も違う


さらにはその事実に対する情報も
全ての面から伝える事は不可能だ

発信する人の捉え方で異なる
受信する人の捉え方で異なる

そんな情報が溢れているのに
得る情報を選べというけど

人は都合の良い情報だけを得ようとする
人は都合の悪い情報は得ようともしない


その正否はさらにぼやけて滲む


人は自分の感じる事のできた事実の欠片からしか正否の判断はできない
人は自分に都合にいい事を自分の感情だけでその正否を決めてしまう

そもそも人には現在起こっている事実を全て理解する能力なんてない


そう考えると人は人の一生はずっと孤独だ
自分の全てを理解してもらって並んで生きるなんて傲慢だ

自分は絶対に正しいと思っている人がひどく滑稽に見える
正しさなんて人の数だけあるのに

他人の正しさをどれだけ許容できるかが大切で
一方的な正しさの押し付けほど愚かな事はない


それを判った上で人は自分と自分の心の正否を自分で判断して
自分の正否を大切にして世界という現実の中で生きるしかない

他人の正否をあてにする事程
自分を苦しめる事はない





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posted by たそがれオヤジ at 15:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | ことば 思う
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